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東京地方裁判所 昭和34年(レ)350号 判決

東京都品川区五反田二丁目三一番地

控訴人 佐治久三

右訴訟代理人弁護士 松田孝

東京都品川区西中延一丁目五一六番地

被控訴人 田辺善次郎

右訴訟代理人弁護士 家入経晴

東京都品川区二葉町一丁目四三八番地

当事者参加人 佐々木正

右訴訟代理人弁護士 風間誌一郎

右控訴人被控訴人間の昭和三三年(レ)第三九〇号請求異議控訴事件、当事者参加人と他の当事者間の昭和三四年(レ)第三五号請求異議訴訟当事者参加事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

当事者参加人の参加申出を却下する。

控訴費用は控訴人の負担とし、参加によつて生じた費用は当事者参加人の負担とする。

事実

第一当事者等の申立

一、控訴人の申立

(一)  原判決を取消す。

(二)  被控訴人の請求を棄却する。

(三)  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決を求める。

二、被控訴人の申立

主文と同旨の判決を求める。

三、当事者参加人の申立

(一)  原判決を取消す。

(二)  被控訴人の請求を棄却する。

(三)  別紙物件目録記載の家屋が当事者参加人の所有であることを確認する。

(四)  被控訴人は当事者参加人に対し別紙物件目録記載の家屋を引き渡せ。

(五)  参加によつて生じた費用は被控訴人控訴人等の負担とする。

との判決を求める。

第二当事者等の主張

一、被控訴人の請求原因及び当事者参加人の主張に対する答弁

(一)  東京大森簡易裁判所は、被控訴人、控訴人間の同裁判所昭和三一年(ハ)第一九〇号貸金請求事件について、同年五月二四日に終結した口頭弁論にもとずき同年六月七日、被控訴人は控訴人に対し金三五、〇〇〇円及びこれに対する昭和三一年四月一一日より支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払うべき旨の判決を言い渡し、同判決は確定した。

(二)  控訴人は、右判決の執行力ある正本にもとずき被控訴人所有の別紙物件目録記載の家屋(以下本件家屋という。)について東京地方裁判所に強制競売の申立をしたところ、同裁判所は昭和三一年(ヌ)第七一六号強制競売事件として強制競売開始決定を、さらに競落許可決定をなし、右競落許可決定は確定したが配当手続は未了であつて右強制競売事件は係属中である。

(三)  しかしながら、被控訴人は、右口頭弁論の終結後である昭和三二年一月中旬頃、控訴人に対し、前記債務の支払いのために履行の提供をしたところ、その受領を拒否されたので、同年五月四日、元金三五、〇〇〇円及びこれに対する昭和三一年四月一一日より昭和三二年五月四日に至るまで年五分の割合によつて計算した利息金一、九〇〇円並びに競売手続費用金七、九二三円とをあわせて金四五、〇〇〇円を控訴人にあてて弁済のため供託したところ、控訴人は右供託金を受領した。

(四)  よつて前記債務名義にもとずく強制執行を許さない旨の判決を求める。

(五)  当事者参加人の請求原因事実のうち本件家屋について昭和三二年三月一九日に競落許可決定があり、同年七月一三日に確定したこと、競落代金支払に関する手続及び配当手続が未了であることは認める。

二、控訴人の主張

(一)  被控訴人の請求原因に対する答弁及び主張

(1) 被控訴人の請求原因事実(一)記載の事実は認める。同(二)記載の事実は競売手続が係属中であるとの点を除き認める。同(三)記載の事実は争う。

(2) 被控訴人主張の競売手続はすでに完了しているから本件請求は実益がない。

(3) 仮りに競売手続が進行中であるとしても、被控訴人の供託は、これに先き立ち控訴人に対して現実に履行の提供がなく、且つ競売手続の完結間際になされた時期に遅れたものであるから、いずれにしても弁済の効力を生じない。

(4) 供託金を高橋某が控訴人の名によつて受領しているが、控訴人は同人に対し供託金受領につき代理権を付与したことはない。

(二)  当事者参加人の請求原因に対する答弁

当事者参加人の請求原因事実のうち本件家屋につき昭和三二年三月一九日に競落許可決定があり、同年七月一三日に確定したこと、競落代金の支払に関する手続及び配当手続が未了であることは認める。

三、当事者参加人の参加申出の原因及び請求原因

(一)  控訴人は、東京大森簡易裁判所昭和三一年(ハ)第一九〇号貸金請求事件の執行力ある判決正本にもとずいて東京地方裁判所に対し被控訴人所有の本件家屋について強制競売の申立をしたところ同裁判所は昭和三一年(ヌ)第七一六号強制競売事件として昭和三一年一二月四日に競売開始決定をなし、当事者参加人は本件家屋を競落して昭和三二年三月一九日に同裁判所より競落許可決定を受けた。その後被控訴人は右決定に対して即時抗告及び特別抗告をしたが、いずれも却下されて右決定は昭和三二年七月一三日に確定し、本件家屋の所有権は当事者参加人に移転した。

(二)  よつて被控訴人としては、本訴を提起するについては控訴人とともに競落人として有効に本件家屋の所有権を取得した当事者参加人を共同被告としなければならない(国有必要的共同訴訟)のに、控訴人のみを被告として提起した本訴は不適法である。

(三)  仮りに本訴が適法であるとしても、前述のとおり本件家屋に関する競落許可決定はすでに確定して既判力を生じ、当事者参加人は右家屋の所有権を有効に取得しているのであるから、執行裁判所としては右既判力の効果として当然に競落代金の支払に関する手続、配当手続を続行して強制執行手続を終了せしめるべきであつて(被控訴人は本件請求異議の訴の提起に伴い執行停止の申立をなし、東京大森簡易裁判所はこれを認容して昭和三二年九月二一日強制執行停止決定をしたが、被控訴人は右決定正本を執行裁判所に提出し、執行裁判所はこれにもとずいて執行手続を停止したため当事者参加人の競落代金の支払が阻止されている。)もはや前記債務名義の執行力の排除を求める利益は存在しないのである。

(四)  しかして、若し本訴において被控訴人の勝訴判決があると当事者参加人は本件家屋の所有権を失わしめられ、要するに訴訟の結果によつて権利を害せられるので当事者として参加の申出をするとともに前記請求の趣旨のような判決を求める。

理由

一、被控訴人の請求について

(一)  東京大森簡易裁判所が被控訴人と控訴人間の同裁判所昭和三一年(ハ)第一九〇号貸金請求事件について、同年五月二四日に終結した口頭弁論にもとずき同年六月七日、被控訴人主張のような判決を言い渡し、右判決が確定したこと、控訴人が執行力ある右判決正本にもとずいて本件家屋について東京地方裁判所に強制競売を申し立てたところ、同裁判所は昭和三一年(ヌ)第七一六号強制競売事件として強制競売開始決定をし、手続進行のうえ競落許可決定をなし、右競落許可決定は確定したが、配当手続が未了であることはいずれも当事者間に争がない。

(二)  控訴人は、本件家屋に関する競売手続は既に完了しているので本訴請求は訴の利益がないと主張する。しかしながら、被控訴人の本訴請求は、前記確定判決にもとずく強制執行一般の不許、すなわち右債務名義そのものの執行力の排除を求めるものであるから、右債務名義にもとずく執行行為が完了してこれにかかげられた請求権が満足せられるまでは適法にこれを提起することができるものと解すべきであるが、右債務名義にもとずく執行手続としての配当手続が未了であることは前述のとおり当事者間に争のないところであるから、本訴につき訴の利益がないという控訴人の主張は理由がない。

(三)  そこで本件確定判決にかかげられた請求権が口頭弁論終結後に消滅したか否かを判断する。

証人河内守の証言、被控訴本人尋問の結果と成立に争のない甲第三号証によると、被控訴人は、控訴人が、前記確定判決にもとずいて本件家屋につき強制競売の申立をした昭和三一年一二月中旬ごろ、しばしば控訴人に対し、元金三五、〇〇〇円の外利息及び手続費用等の明細を確定してくれれば何時でもこれを支払う旨申し出たが、控訴人は弁護士に一任してあるからとの理由で確答をしなかつたこと、その後控訴人が事件を委任したと称する門田弁護士に交渉したところ、同弁護士は高橋某と交渉をするように指示をしたので、同人に前同様の申出をしたこと、特に昭和三二年三月一九日の競落期日には競売場において右高橋と交渉の結果元金と利息費用等を合わせて金四五、〇〇〇円を支払つて強制競売の申立を取り下げてもらうという具体的な条件による妥結の寸前まで行きながら高橋のあいまいな態度のために本件家屋はそのまま競落されてしまつたこと、被控訴人は、昭和三二年五月四日、控訴人に弁済のため元金三五、〇〇〇円とこれに対する昭和三一年四月一一日より同三二年五月四日まで年五分の割合によつて計算した利息金一、九〇〇円の外競売手続費用を合わせて合計金四五、〇〇〇円を供託したことを認めることができる。しかして右の認定事実からすれば、被控訴人は供託に先き立ち債務の本旨にしたがつた履行の提供をしたと解するのが相当であるから、右供託によつて弁済の効果が生じ、前記確定判決にかかげられた請求権はこれによつて消滅したものといわなければならない。以上のとおりであるから、前記確定判決にもとずく強制執行の不許を求める被控訴人の本訴請求は理由があるからこれを認容すべきであつて、これと同旨の原判決は結局において相当であるから、本件控訴は理由がなくこれを棄却すべきである。

二、当事者参加人の参加申出の適否について。

(一)  当事者参加人(以下参加人という。)は当事者参加の理由として被控訴人控訴人間の訴訟の結果によつて自己の権利、すなわち本件家屋の所有権が害される旨主張する。

これを参加人の主張に照らしてさらに具体的にいうならば参加人は自己を競落人とする本件家屋に関する競落許可決定の確定により有効に本件家屋の所有権を取得しているのに、若し被控訴人が控訴人に対して提起した本件請求異議の訴において勝訴判決を得て、その執行力ある正本を執行裁判所に提出するならば、強制執行手続は直ちに停止せしめられる(本件においては執行停止決定によつて予め一時停止されている。)とともに、すでになされた執行手続も取り消されることとなるので、参加人はもはや競落代金支払の機会を失い、結局において参加人の本件家屋の所有権の完全な取得が妨げられるというにあるものと解される。

ところでかような参加人の主張は、競落許可決定確定後競落代金の支払に至るまでに民事訴訟法第五五〇条各号の書面が提出された場合には、執行裁判所はすべての執行手続を停止しなければならず、したがつて競落代金支払期日の指定をすることができないという前提のもとに立つているように思われる。しかし当裁判所は右の前提は誤りであつて、執行裁判所は右のような場合において代金支払期日の指定をすべきであり、代金の受領を拒み得ないと解する。その理由は次のとおりである。

不動産に対する強制執行は、執行力ある債務名義にもとずいて債務者所有の不動産を狭義の競売手続(競売開始決定をもつて開始され、競落代金の支払をもつて終る。)によつて換価し、配当手続によつて債権者の執行債権を満足させる手続であることはいうまでもないが、一旦当該債務名義の執行力を排除し、強制執行の不許を宣言する裁判がなされ、その正本が執行裁判所に提出された場合には、執行裁判所としては民事訴訟法第五五〇条、第五五一条により直ちにすべての執行手続を停止し、すでになした執行手続を取り消すべきことが原則である。しかし、かような原則は執行手続の進行に伴い競落人が利害関係人として執行手続に現われてきた後には必ずしもこれをそのまま押しすすめるわけにはいかない。

民事訴訟法第六八六条によれば、競落人は競落許可決定によつて競落不動産の所有権を取得する。もつともこれは競落許可決定が抗告によつて取り消されたり、あるいは競落人が代金支払期日までに競落代金を支払わなければその所有権を失うという解除条件付の所有権ではあるが、さらに競落許可決定が確定すると代金支払期日あるいは再競売期日の三日前までに代金を支払いさえすれば、競落不動産の完全な所有権を取得し得るという競落人の地位は確定される。しかして、かような競落人の利益は強制執行の手続において債務者の利益よりもより軽視してもよいという理由はあり得ない。ここで考えなければならないことは両者の利害が対立するに至つた場合にいかなる点にその調和を発見するかということである。

競売法第二三条は、競落期日までは競売申立の取下は最高価競買申込人の同意がある場合に限りできると規定しているが、これは最高価競買申込人が一定の保証を立てて競落を許可される期待権を有する利害関係人であるところから、その利益を不当に侵害することのないように競売申立の取下を制限したものであると解せられる。

民事訴訟法には強制競売手続に関して右のような規定は存在しないけれども、この点でいわゆる任意競売の場合と特に区別すべき理由はないから右の競売法の規定を準用すべきである。しかして右規定の趣旨から考えれば、競落許可決定があつた後代金支払までは競売申立は競落人を含むすべての利害関係人の同意がある場合にのみこれを取下げることができると解するのが相当である。

かように債務者の利益との均衡を保ちつつもできる限り競落人の利益を保護しようとする立場をとるならば、強制執行手続が或る一定の段階に達した時はその後に執行不許の裁判の正本等が執行裁判所に提出され、その結果執行裁判所は執行手続を停止しまた取り消さなければならない場合においても、競落人の取得した権利(利益)はもはや否定し得なくなると解するのはむしろ当然であると考えられる。まず競落人が、競落許可決定の確定後競落代金の支払を終つたために、競落物件の完全な所有権を取得した後においては、執行手続の完結前にその停止及び取消の事由が発生しても競落人の右所有権が何ら影響を受けないことは恐らく異論のないところであろう。しかしこの場合でも、執行手続の停止の効果として競落人の権利とは無関係の配当手続を続行し、あるいはこれを開始することは勿論できないので、すでに裁判所に支払つた競落代金は債務者に交付されることとなる。次に競落許可決定がなされてそれが確定するまでの段階においては、競落人の所有権(但し解除条件付)はまだ抗告審によつて否定されるかも知れないという不安定な状態に置かれているので、この段階で執行の停止及び取消の事由が発生すれば競落人の競落代金支払によつて競落物件の所有権を取得し得る地位は未だ確定されていないものとして、その所有権が否定される結果となつてもやむを得ないというべきであろう。しかも競落許可決定が確定しない間に強制執行不許の事由が発生すれば、それをもつて競落許可決定そのものを争う事由とし得る(民訴六八〇条、六八一条、六七二条第一号)ことを考えれば、その理はいつそう明白である。それでは本件の場合のように競落許可決定の確定後競落代金の支払前に強制執行手続の停止及び取消の事由が発生した場合はどうか。この段階においてはすでに競落人が代金の支払を履行する限り完全な所有権を取得することができるという競落人の地位が確立されているのであるから、たとえその代金支払期日までに執行停止及び取消の事由が発生しても競落人の所有権(解除条件付)はこれによつて何ら影響を受けないものと解するのが相当である。そうでなければそもそも競落の許可についての異議ないし競落許可決定に対する抗告の制度を認めてこれを確定せしめることの実益は大半失わしめられるであろう。したがつて執行裁判所は執行手続のうち特に競落人をして解除条件の不成就の確定により完全な所有権を取得せしめるための手続、すなわち代金支払期日の指定、代金の受領等に限つては、執行停止の対象となる基本たる執行手続と一応別個の派生的な手続としてこれを施行しなければならない。

なお通常の場合においては、競落人は代金支払期日に代金支払を履行しないため条件成就により競落物件の所有を失つた後においても再競売期日の三日前までに代金支払を完了すればその所有権を完全に取得できることは民事訴訟法第六八八条第四項の規定より解釈しうるところであるが、すでに執行不許乃至執行停止の裁判の正本が執行裁判所に提出されて執行手続の停止事由が存する場合には執行裁判所はもはや基本たる執行手続に属する再競売を命ずることはできないものと解すべくその限りにおいて競落人の権利は制限されることとなる。すなわちこの場合には競落人は再競売期日の三日前までに代金を納入して競落物件の所有権を取得できるという権利を行使することができなくなるわけであるが、もともと右競落人の権利は再競売がなされることを前提として与えられる一種恩恵的なものであるから、強制競落手続における債務者と競落人の利害関係の均衡をはかるという観点からすれば、すでに裁判所の指定した代金支払期日に代金の支払を怠つた競落人としては再競売の機会のない以上、この結果は止むを得ないものとしなければならない。

さらに、競落人の所有権取得とは無関係の配当手続をすすめることが執行停止の一般的効果により許されないことはいうまでもないから、前述の場合と同様に執行裁判所は受領した金員を債権者に配当することなく債務者に交付しなければならない。これを他面からいうならば、すでに競落許可決定が確定した後の執行停止事由の発生によつては、たんに債権者に配当による満足を得しめない効果があるにすぎず、債務者がその所有財産を失うことは免れないのである。しかし、この場合においても執行不許乃至停止の裁判がこれを得た債務者に何ら実益をもたらさないとはいえない。何故ならば、競落人が一たん代金支払期日に代金を支払わないために競落物件の所有権を失うにいたれば、右裁判の効力はその本来の面目を発揮し、その裁判の正本が提出された執行裁判所において爾後の執行手続をすべて停止することにより、債務者は自己の財産を保有することができるからである。

(二)  以上のとおりであつて、参加人の本件家屋の所有権(解除条件付)は被控訴人控訴人間の本訴において被控訴人勝訴の判決があつてもこれによつて何ら害されることはないのであるから、参加人の本件参加申出は結局において参加の要件を欠く不適法なものといわなければならないのでこれを却下する。

三、よつて控訴費用、参加申出に要した費用の負担についてはそれぞれ民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅沼武 裁判官 菅野啓蔵 裁判官 小中信幸)

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